3Hって何?

安定と変化 ~複雑な事象を単純な視点で~

安定と変化  ~複雑な事象を単純な視点で~
1.安定と変化、状態って?
2.水から蒸気、水から氷。そんなところから「安定と変化」を考える。
3.セラミックスの焼結を水と氷で考えると。
4.表面積が大きいと変化しやすい。
5.複雑な事象は単純な現象の組み合わせで考える。

安定と変化、状態って?

自然科学や工学の世界では「安定」という「状態」がとても重要です。当たり前ですがセラミックスの世界でも同様です。
セラミックスの業界の中で自分自身が様々な課題に当たるとき時にも、「ちょいちょい」どころではなく、それこそ脊髄反射のレベルで「安定と変化」を意識して色々な事を考えてしまいます。

安定とは、化学変化が起きにくい状態の事を指していて、外からの作用によって元の状態から大きな変化が無いことを意味してます。逆に、外からの作用が大きければ、不安定化や変化を起こすことが出来ます。

さて、生活の中で目にする安定状態ってどんな事があるでしょうか。

水から蒸気、水から氷。そんなところから「安定と変化」を考える。

鍋に水を張って火にかけると水温が上がり、ぐつぐつと沸騰してくる状態になります。殆どの方が目にしたことのある光景であると思いますが、お湯はどんな強火でも温度の上昇は100℃で止まり安定します。その時水は蒸発を伴い水という形が変化しますが、水の温度は100℃を維持し安定してます。逆に、冷凍庫に入れて冷やすと、0℃で水という液体が氷という固体に状態が変化して安定します。ただ0℃になると氷という固体で安定しますが、温度は0℃で止まらずに、冷凍庫の温度まで下がっています。沸騰とは逆で、形は安定してますが、温度は変化し環境と同じ温度になります。

こうしてみると、「これが安定」で「これが変化」というほどには単純ではないですが、「安定」は環境や外からの作用によって変化し安定もします。

沸騰に話を戻すと、圧力鍋は圧力を高くすることで、水の温度は先ほどの100℃を越え、鍋によっては120℃を越える事も可能です。高気圧がきてカンカン照りになっている真夏にやかんでお湯を沸かした時、実は100℃を僅かに越えています。対して低気圧が来ていて頭痛に悩む日は、お湯が100℃以下で沸騰しているなんてことも。加熱とは別の「圧力」という条件やパラメータを与えることで、水の沸騰が水温100℃と温度から違う温度になる。安定状態を変えることが出来る一つの例です。


余談ですが、圧力鍋の効能は、水の温度を100℃以上にすることで調理時間を短くすることです。105℃で調理時間半分、110℃なら1/4になるようです。逆に有名話で富士山の山頂で沸かしたお湯で作ったカップ麺は、お湯が88℃までしか温度が上がらずぬるく、芯が残ってしまう事も。

安定状態を変化させる他の方法として、小学生の理科で習ったかもしれませんが、水に塩を入れると0℃になっても凍らなくなります。水の重量の1/3の重さの塩を水に溶かすと、-20℃程度まで液体の状態維持する事が出来るようです。道路の凍結に対して凍結防止剤(あるいは融雪剤)を撒く理由も、この現象を利用してます。

この様に身近にある事を例として挙げたのは、安定や変化に対して、実は身近にある現象でも理解を深める可能性があるからです。

セラミックスの焼結を水と氷で考えてみよう。

さて、焼き物ともいわれる陶磁器に代表されるセラミックスは、原料の粉を固めて高温の炉に入れて焼くと、収縮して焼き締まり固まります。これを焼結といいます。高温で焼くことで原料粉の一部が溶け隣り合った粉同士がくっ付き、固まる時に粉同士に残る隙間が埋まって小さくなります。元の大きさよりサイズが小さくなりますが、隙間が無くなることで水漏れしない「焼き物」ができます。

氷を複数コップに入れて室温に置いておくと、氷の表面が僅かに溶けながら氷同士がくっ付いてしまう現象がありますが、これに似た現象が起きていると思っていただければ十分です。この場合0℃で固まる氷にとっての「室温=20℃程度」は、焼きものの世界で置換えて考えると室温の状態から高温に加熱しているような事といえます。室温では安定している原料の粉を高温に加熱して、安定状態から変化状態に移行することで焼結という現象が起こっています。

セラミックスではこの焼結に必要な加熱温度は1000℃以上、ものによっては2000℃と高いです。温度が高いと製造コストが上がりますので、焼結の温度を下げたい。そこで、路面凍結に対する凍結防止剤の位置付けのように、氷に対して何か別の物質を入れる事が有効です。例えば凍結防止剤は塩(塩化ナトリウム)や塩化カルシウムなどが使用されてます。氷では凝固点降下という言い方なりますが、氷という固体でいられる温度0℃が更に低くなる効果によって、0℃でも溶けた状態を作り出すことができます。

同様にセラミックスにとってのそれは、酸化ケイ素(SiO2)、大雑把にガラスが定番です。ただ何でも大量に入れれば良いわけではなく、セラミックスが液体になる温度が下がる利点はあるのですが、材料としての特性・性能が悪くなる事もあります。そのため適量を見極める事が必要です。因みに、この様な焼結する温度を変化させる材料を、セラミックスの世界では焼結助剤などと呼ばれています。何れにしても、より低い温度で溶ける=安定性が下がるというイメージで捉えています。原料の他に別の材質を入れることで安定状態を変化させ、低い温度でのセラミックスを焼いて作る事が可能になります。

表面積が大きいと変化しやすい。

他の手段として原料の粉末を小さくするという方法も、焼結温度を下げる定番の方法になります。氷で例とすると、大きな塊の氷を早く溶かしたいとき、氷を砕いて小さくすると早く溶ける。小さい氷の方が環境の影響を受けやすく、変化しやすい状態であると言えます。この小さくする行為は、学問的に言えば比表面積を大きくすることになります。比表面積は物体の重さあたりの表面積を表す指標です。ただ同じ物質なら、重さ≒体積と考えて良いので、体積ベースで考えてみましょう。

簡単な数学になります。(読み飛ばしても構いません)

先ず体積計算

・1辺1cmのサイコロの形立方体の氷の体積は1 x 1 x 1 = 1cc (=1cm3)です。

・1辺10cmの氷の体積は10 x 10 x 10 = 1000cc (=1000cm3)、1辺1cmの氷の1000倍の体積になります。

・同じ体積なので両方ともに、重さは0.917gになります。(氷は水よりも密度が小さくが水に浮く理由です)

次に表面積計算

・1辺1cmの氷の表面積は、一つの面が1 x 1 = 1cm2、これが6面有るので 6cm2になります。

・1辺10cm氷の表面積は、一つの面が10 x 10 = 100cm2、これが6面有るので 600cm2になります。

さて、同じ体積で見たときに

・1辺 1cmの氷を1000個としたときに、6000cm2に成ります。

・1辺 10cmの氷 600cm2と、1cmのものと比べ1/10の面積しかありません。

同じ体積(重さ)でも、一つ一つが小さいと、表面積が大きく増えることが単純な計算で確認できます。この「比表面積の話」と「氷を小さくすると溶けやすい話」をあわせると、「比表面積が大きいもの程、変化しやすい」または「比表面積が小さい程、安定しやすい」という結論になります。

形で言えばに球の方が表面積が小さく安定している形といえます。ウニの様なトゲトゲがあるもは比表面積が大きいです。あるいは表面が平滑(ツルツルしている)ものと粗い(ザラザラしている)ものでは、粗いもの程表面積が大きくなり、不安定な状態=反応し易い状態になります。この考え方を利用して少しでも低い温度で焼くという発想に繋げてみたりします。

学問的には比表面積が大きいものほど、表面エネルギーが高い状態であるといいます。表面エネルギーが高い=変化する為のエネルギーを持っているということに成ります。物体は何でもより安定な状態になろうとするので、小さいモノは集まってより大きくなりなる=表面積を小さくしようとする方向に変化します。この現象も、蓮の葉の上の水や撥水加工した傘の上にある水の玉が寄り集まって大きくなる現象が身近にある例で、見たことが有るかもしれません。かなり簡単な説明ではありますが、セラミックスが焼結という現象で焼き締まって小さくなる理由の一つでもあります。

セラミックスの焼結という現象を語るには少々乱暴で足りない部分も有りますが、焼結を考える上でどんな状態が安定であり、どのようなパラメーターを動かせば物質を安定状態から変化させる事が出来るかは、身近にある現象からヒントを得られると思います。

複雑な事象は単純な現象の組み合わせで考える。

冒頭で安定状態をつねに意識して、セラミックスの開発に携わっていると書きました。安定状態とは何だという学問的な話ではなく、感覚として「安定状態ってこういう感じ」を書きました。科学・学問は「水-氷」の例を挙げたように、身の回りにあることを観察し、その現象を体系化説明してきたものです。難しい理論や学問の多くは、とても身近にある現象を根幹として積み上げられています。開発で困ったときに身近にある現象がヒントなることもあり、理解し難い理論も身近に有る現象に置き換えて考えると理解しやすくなります。

安定と変化という単純な視点もしくはキーワードで、身の回りの現象に置き換えてセラミックスの焼結を説明しました。科学だけでなく世の中には様々事象があり、基本的にはとても複雑です。単純には考えられない事ばかり、どうしていいか判らないことだらけで諦めてしまうことも多いと思います。諦めるのはまだ早いです。

複雑な事象は複雑なまま考えるのではなく、単純な現象の組み合わせで考えて、問題に対してアプローチすることが解決への道になります。
「安定と変化」という視点は、その一つの方法なのです。